〈時速194キロ 危険運転致死 適用せず〉
〈遺族「過失なわけない」〉
2022年8月5日付の大分合同新聞。1面に並んだ大見出しは、猛スピードの車が引き起こした大分市の交通死亡事故の刑事処分を巡り、被害者遺族の落胆と憤りを伝えた。
事故で弟を失った長(おさ)文恵さん(59)は、大分地検が加害ドライバーの男(23)を刑罰の軽い過失運転致死罪で起訴したと知ってから、やりきれない日々を過ごしていた。記者の取材を受け、「悔しい気持ちをぶつけるところがないのです」と、せきを切ったように語り始めた。
長さんの思いは、この記事を通じて広がっていく。
国東市武蔵町の佐藤悦子さん(73)は5日朝、新聞記事を切り抜いて仏壇に置いた。
「まだ世の中でこんなことが起きているよ」。03年11月に飲酒ひき逃げ事件で命を奪われた次男隆陸(たかみち)さん=当時(24)=の遺影に語りかけた。いまだに被害者が置き去りになる現実に、ため息がこぼれた。
ちょうどその日、交通事故被害者遺族として交流のある井上保孝さん(75)と妻の郁美さん(56)が東京から佐藤さんを訪ねてきた。夫婦は1999年11月、東京都内の東名高速道で起きた飲酒トラックによる追突事故で、長女奏子(かなこ)ちゃん=当時(3)=と次女周子(ちかこ)ちゃん=同(1)=を失った。
当時、交通死亡事故は刑法の業務上過失致死罪で裁かれ、刑罰は最長で懲役5年だった。夫婦は悪質な運転の厳罰化を社会に訴えて国を動かし、2001年11月に危険運転致死傷罪が創設された。
「画期的」と言われた法律がきちんと運用されていないのではないか―。佐藤さんから渡された新聞記事を読んだ夫婦は、突き動かされるように194キロ事故の現場を訪れ、手を合わせた。
報道から1カ月半後。台風14号の接近で悪天候の中、雨がっぱを着た長さんや佐藤さん、井上郁美さんらが大分市中心部に立った。「194キロ事故に危険運転罪の適用を」と呼びかけると、通行人は次々に署名に応じた。落ち込んでいた長さんを「まだ間に合う」と励ましたのは井上さん夫婦だった。
大分地検に提出した署名は最終的に2万8千筆以上。地検は22年12月、4カ月半前に起訴した罪名を変更し、危険運転致死に切り替えた。異例の判断だった。