大分市の時速194キロ死亡事故で適用基準の不明確さが浮き彫りになった「危険運転致死傷罪」の見直しに向けて、法制審議会(法相の諮問機関)の刑事法部会第1回会議が31日、東京・霞が関の法務省で開かれた。委員は被害者遺族1人を含む計13人。一定の速度超過や体内アルコール濃度が確認された場合に一律に同罪を適用する「数値基準」について意見を交わした。慎重論もあり、議論は少なくとも数カ月かかるとみられる。
委員は刑法学者5人のほか、裁判官、検察官、弁護士といった法曹三者や法務省、警察庁の各局長ら。部会長は刑法学者で法政大大学院の今井猛嘉教授(刑法学)を選んだ。遺族は2020年3月に赤信号無視の軽ワゴンにはねられて長女=当時(11)=を亡くした東京・葛飾区の波多野暁生さん(47)が入った。
現行の危険運転致死傷罪は▽進行を制御することが困難な高速度▽アルコールの影響で正常な運転が困難―などと規定。具体的な数値を定めていない。
「制御困難」「正常な運転」といった文言の解釈を巡って裁判所や検察で判断が割れ、時速百数十キロや多量の飲酒状態であっても適用されないケースが全国で多発。各地の遺族が「納得できない」と批判している。
法制審が検討する新規定は、「法定速度の○倍以上」「呼気1リットル当たり○ミリグラム以上」といった数値を基準にする考え方。遺族からは「取りこぼしていた悪質な事故に適用できるようになる」と賛同の声が上がっている。
今後の会議では、専門家へのヒアリングなども検討する。危険運転致死傷罪は法定刑の上限が懲役20年と重く、数値をどこに設定するかを巡っても議論を重ねるとみられる。
法改正でまとまれば、法制審は要綱を法相に提出し、法務省が条文案を作る。
■遺族「危険な運転行為を適切に罰する法律に」
悪質な事故に厳罰を科す危険運転致死傷罪はどう変わるのか。31日に始まった法制審議会の刑事法部会は、「法定速度の○倍以上」といった数値基準を盛り込む案を本格的に検討する。遺族は「基準が明確になる」と賛同しつつ、無謀で危険な運転行為を適切に罰する法律になるように願っている。
「一審判決まで事故から4年近くかかった。数値基準があったら、短く済んだはず」。2021年2月に大分市の一般道(法定速度60キロ)で起きた時速194キロ死亡事故。被害者遺族の長(おさ)文恵さん(59)は法改正を前向きに捉える。
大分地検は当初、過失運転致死罪で加害ドライバーを起訴した。「納得できない」と長さんらが署名活動を展開した後、危険運転致死罪に訴因を切り替えた。
現行法は数値の要件がないため、検察側はハンドル操作の困難さや車体の揺れを調べる詳細な実験をし、危険運転を立証した。同罪の成立を認めた一審大分地裁判決が出たのは、事故から3年9カ月後の昨年11月。検察側と被告側の双方が控訴し、裁判はまだ決着していない。
現行規定にある「進行を制御することが困難な高速度」の分かりにくさを問題として指摘する声は多い。
18年12月に津市の国道(法定速度60キロ)で時速146キロの車がタクシーに激突し、5人が死傷した事故では一、二審とも危険運転の罪を認定しなかった。
23年2月に宇都宮市の国道(同)で起きた時速160キロ超の死亡事故では、検察側が当初、過失運転の罪を適用。大分市の事故と同様に、遺族が訴因変更を求め、危険運転罪に変えた。
法制審で検討する数値基準は、例えば「法定速度の2倍以上」といった設定が考えられる。この規定であれば、3・2倍となる大分市のケースはもちろん、津市や宇都宮市の事故も速やかに認定された可能性が高い。
一方で数値基準の導入だけで全ての問題が解決するわけではない。
捜査現場では、どのくらいのスピードが出ていたか正確な測定が必要になる。大分市の事故は加害車両に記録装置が内蔵されており、「時速194・1キロ」と解析できた。装置がなければ車体の損壊状況や周囲のドライブレコーダーの映像などから推計することになり、ある識者は「ボーダーラインの速度だと、裁判で争点になるのは間違いない」と指摘する。
「法の適用を巡って遺族が声を上げる歴史を繰り返してはならない」。被害者遺族で唯一、法制審の委員になった波多野暁生さん(47)=東京・葛飾区=は数値基準だけでなく、悪質な事故を幅広く処罰できる規定を求めている。
「周りの車や人への安全配慮をそもそも放棄している加害ドライバーは、危険運転で処罰する必要がある。課題を広く審議していかねばならない」と語った。
<メモ>
大分市の事故は2021年2月9日深夜、大分市大在の一般道(法定速度60キロ)で発生した。当時19歳だった男(23)=同市=が乗用車を時速194キロで走らせ、交差点を右折中の乗用車に激突。運転していた同市坂ノ市南、会社員小柳憲さん=当時(50)=を死亡させた。大分地裁は昨年11月、危険運転致死罪で男に懲役8年の判決を下した。検察側と被告側の双方が福岡高裁に控訴している。