大分市の時速194キロ死亡事故の裁判員裁判が5日、大分地裁で始まった。被告の男(23)=同市=に危険運転致死罪を適用できるかどうかを巡り、検察側と弁護側の主張は全面的に対立した。適用の対象となる「進行を制御することが困難な高速度」と「通行を妨害する目的」について、それぞれの見解や条文解釈をぶつけ合った。
検察側は、大分地検ナンバー2の小山陽一郎次席検事が担当に加わる異例の態勢。
冒頭陳述によると、制御困難な高速度とは、「道路の状況に応じた走行が困難な速度」とされる。
検察側は、現場の路面について「2004年以降、改修がなく、わだちや凹凸があった。車幅に対して道路幅に余裕がない。時速194キロだと、ハンドルやブレーキ操作を誤る恐れが高まる」と強調した。「夜間で周囲が暗いため、被害車両を見落とし、気付くのが遅れる状況だった」として、車の制御は難しかったと主張した。
また、対向車線から右折しようとした被害男性=当時(50)=の車の進行を妨げると認識していたとして、「通行を妨害する目的」の要件も満たすと述べた。
被告が運転免許を取得したのは、事故11カ月前の20年3月だった。同12月に海外製のスポーツ車を中古で購入し、事故を起こすまで約4100キロを走行。「この間、現場付近で、時速150~200キロのスピードを何回も出していた」と明らかにした。
一方、弁護側は冒頭陳述で危険運転致死罪を適用できない理由を説明した。「現場はアスファルトで舗装されており、平たんで真っすぐな道路。衝突するまで、被告は意図した通りに車線から逸脱することなく、真っすぐ直進できていた」と運転を制御していたと指摘した。
01年に制定された危険運転致死罪について、当時の法務省の担当者が書いた論文を引用。「住宅街を相当な高速度で走行し、速度違反が原因で路地から出てきた歩行者を避けられずに事故を起こした場合には同罪に当たらない」とする法解釈を示した。
妨害目的については、被告が22日間入院するけがを内臓に負ったことから「自分の生命の危険を冒してまで、被害車両を妨害する積極的な動機がない」と反論し、過失運転致死罪の成立にとどまるとした。
男は白色のシャツに紺色のスーツ姿で、マスクを着け出廷した。落ち着いた様子で弁護人の隣に座り、手元の資料を目で追っていた。
■遺族「体の損傷…高速度以外にない」
「何も言えなくなった弟の代わりに声を上げてきた」。事故で弟を亡くした女性(58)は初公判の閉廷後、大分市中島西の県弁護士会館で記者会見に臨んだ。
時速194キロの車がぶつかった衝撃で、弟はシートベルトがちぎれて、車外に投げ出された。公判で体の損傷、服装がイラストや写真で示されると、女性は何度も涙を拭った。「どれだけ痛かったであろうか。これだけの傷は高速度以外に理由はない。過失で起こす事故ではない」と訴えた。
「被害者と遺族に申し訳ない」と謝罪した被告に対し、女性は「私たちの方を全く見なかった。一体、誰に謝っているのか分からなかった」と受け止めた。
危険運転致死罪を巡っては、猛スピードや飲酒運転といった事故に適用されないケースが全国で相次ぐ。要件の曖昧さが指摘される中、法務省は今年2月、条文の見直しを視野に入れた有識者検討会を設置。「法定速度の○倍以上」といった数値要件を新たに条文に盛り込むかどうかの議論が進んでいる。
初公判には、昨年夏に事故遺族らで結成した「高速暴走・危険運転被害者の会」のメンバーも駆け付けた。
女性と共に共同代表を務める栃木県の遺族(60)は、時速160キロ超の車が昨年2月に宇都宮市で起こした事故で夫=当時(63)=を失った。今後、加害ドライバーを危険運転致死罪に問う裁判を控えている。
会見に同席し「危険運転が適用されずに苦しんでいる遺族にとって、大分の裁判が光となればと思う」と語った。大分市に滞在し、全ての公判を傍聴するという。