長崎原爆のさく裂直後、米軍とみられる航空機の機銃掃射に遭ったとの証言が、少なくとも26件あることが2日、分かった。国や市民団体がまとめた体験記などから集計した。多くが爆心地の近くで、原爆による火災が残る中、子どもを含めて狙われた。死者が出たとの証言もあった。原爆の凄惨な被害に隠れ、注目を集めてこなかったとみられる。専門家は戦争の非人道性を示す記憶として「継承していくべきだ」と指摘する。
証言は、国立長崎原爆死没者追悼平和祈念館が収蔵する体験記と証言映像、市民団体の冊子「長崎の証言」、被爆者個人の手記などを調べた。
26件のうち、22件は1945年8月9日の原爆さく裂後から10日の間に目撃。16件は爆心地から3キロ以内で、13件は10代以下だった。詳細な日時や場所は不明の証言もある。
証言では、低空で飛来した航空機の銃撃音で身を隠したり、繰り返し襲われたりした。「前を歩いていた人たちは、機銃掃射の弾が当たり、目の前で即死だった」(季刊長崎の証言9)との記録もあった。