明治時代に文豪夏目漱石と俳人正岡子規が同居した「愚陀仏庵」が松山市に再建され、24日にオープニングセレモニーが開かれた。当時のたたずまいを再現した木造2階建て。「文学のまち」の交流拠点として活用し、句会などに使えるよう一部貸し出しも行う。
愚陀仏庵は教師として滞在していた漱石の下宿で、身を寄せた子規と52日間、共に暮らした。名前は漱石の俳号、愚陀仏に由来。
1945年の空襲で焼失。82年に再建されたが、2010年に豪雨による土砂崩れで倒壊した。市は文学のまち、俳都松山の象徴として、子規が通った勝山学校(現番町小)の一角に再建した。