1987年に朝日新聞阪神支局(兵庫県西宮市)で記者2人が散弾銃で殺傷された事件から3日で39年となった。亡くなった小尻知博記者=当時(29)=の遺影を掲げた拝礼所が支局に設けられ、追悼に訪れた人たちは「自分と異なる考え方に対し暴力で封殺する行為は許せない」と訴えた。
初めて訪れた西宮市の薬剤師三嶋仁美さん(60)は、年齢を重ねるにつれ事件の大きさを実感すると語り「何十年、何百年たっても忘れてはいけない」と誓った。
大阪府茨木市の小学校教諭森栄一さん(58)は「子どもたちには言葉の力を磨いて、話し合って解決する力をつけようと話している」と語った。支局の資料室では、銃弾の痕がある服や当時の取材ノートが公開された。
3日午前には、朝日新聞社の幹部が小尻記者の出身地、広島県呉市を訪れ、墓前で手を合わせた。龍沢正之大阪本社編集局長は「暴力、権力に屈することなく、理不尽なことに直接批判し、社会の信頼に応えていくと誓いたい」と述べた。
事件は87年5月3日夜に発生。押し入った目出し帽姿の男が銃撃した。