20年前の尼崎JR脱線事故で、神戸市の書道講師土田佐美さん(56)は利き腕をけがした。半年以上、筆を執れなかった。リハビリを乗り越え、チタン製の棒と四つのビスが入った右腕で、子どもたちに書道を教え続けている。
書道教室の講座に向かう途中の事故だった。2005年4月25日の朝、2両目で背後の人が突然倒れかかり、つり革を握る右手にぐっと力が入った。体は逆さになり、衝突してむき出しになったマンションの骨組みやブロックが目に入った。悲鳴が聞こえた。
頭蓋骨が数カ所陥没し、肺挫傷も判明。書をしたためてきた右腕は、手指を動かす神経を巻き込み骨折した。だが事故のニュースを見て「命がある」と捉えた。
字を書きたい。その一心で特殊器具を着け、指を動かすリハビリに取り組んだ。事故から約7カ月後、書道教室を再開。約30人の生徒が変わらずに待っていてくれた。
けがしたことで「うまく書けない人の気持ちも分かるようになった」と語る。
今年は家族の介護に追われ、思いを字にする余裕はなさそうだが、平凡な日々が宝物だ。