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重光葵滞在の建物が別府に現存 東洋軒創業者が用意

 戦前戦後に外交官として活躍した重光葵(まもる)(杵築市出身)にゆかりのある家が別府市中島町に残っている。戦後に別府入りした際、交友があったレストラン東洋軒(同市)の創業者が提供した。現在、所有する市内の男性(62)はこれまでいわれを積極的に公表していなかったが、2人の「友情」を多くの人に知ってもらおうと、活用法を模索する。
 重光は東京裁判(極東国際軍事裁判)で禁錮7年の判決を受けて服役。出所後の初帰郷(1951年12月)で使ってもらおうと、東洋軒を営む故・宮本四郎さんが木造平屋の「別荘」を用意した。
 築70年以上で現在は2階建てに改築されたが、床の間がある和室(8畳)と、右足が不自由な重光のために手すりを取り付けた風呂場は当時のままという。
 宮本さんは帝国ホテル(東京都)などを経て、別府観光の父・油屋熊八の誘いで亀の井ホテル料理長に就き、静養などで訪れた多くの著名人をもてなした。重光が32年に中国・上海で爆弾事件に巻き込まれて右足を失い、静養で別府市に滞在した際も食事の世話をした。
 重光の出所と帰郷を喜ぶ宮本さんの話は当時の大分合同新聞にも掲載された。東洋軒3代目の孫・博之さん(60)は「重光さんが別府で療養した際には日に何度も見舞いに行ったようだ。祖父にとって大事な人だったんだろう」と考える。
 所有者の男性は十数年前、建物を購入した。詳しい当時の事情を知らず、最近まで取り壊す予定だったという。「戦争を挟んでも続いた2人の友情を知り、感動した。この場所で戦後史につながる話があったのかもしれない。有効な活用法を考えたい」と話している。
※この記事は、5月19日大分合同新聞夕刊11ページに掲載されています。

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