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佐伯城跡 築城以前の石垣確認

 佐伯市中心部にある佐伯城跡(通称城山)の石垣の一部が築城時(1602~06年)よりも古い可能性が高いことが市教委の調査で分かった。これまで佐伯藩初代藩主・毛利高政が城を建てた際に石垣も造ったとするのが定説だった。市教委は今後も調査を継続し、特徴の把握などをしていく。

3D調査などで判明 定説の時代より古い技術
 市教委によると、古い年代のものとみられる石垣は佐伯城二の丸の北側部分の一部。積み替えられたり、外側に新たな石垣を造って補強している部分もあるため、目視できるのは幅十数メートル、高さ2メートルほどだけで、全体像は分かっていない。
 2015年からの石垣調査で、城郭史に詳しい宮武正登佐賀大学教授から指摘があり、3Dデータなどを用いた詳細な調査で判明した。宮武教授によると、石積み技術などから文禄年間(1593~96年)から慶長年間(96~1615年)初期の江戸幕府が開かれる前に造られた可能性が高いという。当時・佐伯藩は豊臣秀吉の直轄地で、宮部継潤(けいじゅん)が代官として佐伯を管理していたが、何かの建物を造った記録は残っていない。
 12世紀ごろから山頂に八幡神社があり、高政がふもとに移築させたという言い伝えもあるが「石垣を積むのは織田信長や豊臣秀吉の時代に、築城のために発達した最先端の技術」(市教委)のため、神社関連のものとは考えにくいという。
 市教委社会教育課の吉武牧子課長補佐兼総括主幹は「現時点では誰が何のために石垣を造ったのか分からないが、山頂部に何らかの建物があった可能性がある。佐伯城最古の重要な石垣なので、市民の宝としてしっかりと保護・調査をしていきたい」と話している。
※この記事は、3月30日大分合同新聞夕刊11ページに掲載されています。

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