県都の商店街一新  第11部・暮らし(1) 【平成と大分】 

平成6(1994)年3月10日



 衣料や寝具、時計、眼鏡、青果…。生活必需品を1世紀以上にわたり商ってきた大分県随一の老舗商店街は、全天候対応の開閉式アーケードを備えたショッピングゾーンとして、その装いを一新した。
 平成6(1994)年3月10日。大分市の竹町通商店街は「ガレリア竹町」の愛称で新たな歴史を刻み始めた。
 先陣を切った竹町と時期を同じくして、旧若松通商店街は「府内五番街」と名を改め、欧州風のオープンモールに。2年後にはJR大分駅に通じる「セントポルタ中央町」が誕生した。県都の商店街が次々と生まれ変わり、他都市に引けを取らない魅力的な「まちなか」を形成した。
 古くから人々の暮らしを支えてきた竹町通り。だが、平成4年に商店街の西側にあった旧県立病院が移転すると、客足は目に見えて減った。他の商店街や大型店との競合にさらされ、バブル崩壊後の景気低迷が追い打ちを掛けた。
 「ここで生きるわれわれは、採算が合わないからと簡単に撤退できない。暗くて古い―。そんなイメージを変える必要があった」。大正2(1913)年の創業以来、竹町通りで寝具店を代々営んできた園田孝吉(77)は振り返る。
 全面改修に投じた費用は国、県、市の補助金を含めて約10億円に上った。後にオアシスひろば21が立つ県病跡地の利活用をにらみ、低迷する商店街の未来をかけた「覚悟の選択」だった。
 新たに完成したアーケードは明るく開放的で、路面もカラー舗装を整えた。かつての噴水広場はドーム広場に姿を変え、ポルトガル帆船のモニュメントは県都の名所に。平成の世にふさわしく、しゃれた空間に変貌を遂げ、そぞろ歩く若者も増えていった。
 商店街の変革と軌を一にして、平成7年にはJR大分駅周辺の高架化が国の補助事業に採択され「21世紀の県都」をデザインする大事業が本格化する。市も中心部に点在する公園のリニューアルを進め、水辺空間を備えたふないアクアパーク、若草公園が登場した。市都市計画部長などを歴任した久渡晃(71)=現・副市長=は言う。
 「中心市街地のにぎわいを生み出すには若者をいかに引きつけるかが鍵になる。若い世代に目を向け、そこから支持される市中心部の街づくりは、ガレリア竹町の誕生から今日までつながっている」
 平成の半ばに差し掛かると、郊外のトキハわさだタウン、パークプレイス大分との競争に押され、空洞化が指摘された市中心部。苦難の時期を乗り越え、近年はかつての力強さを取り戻しつつある。
 「苦労はしたが、あの時にまいた種から多くの花が開いた」。ガレリア竹町の整備に尽力し、市商店街連合会長を長く務めた矢野利幸(68)は思う。「大分市は人口の県外流出を防ぐ『ダム』であるべきだ。それには市中心部に街としての魅力があり、都市の風格を備え、そして何より活気があることが大切と思う」
 駅ビル・アミュプラザおおいた、トキハ本店、そして県立美術館といった中核施設をつなぐ「モール」でもあり、街に回遊性をもたらす商店街。果たす役割は大きい。
 =敬称略=

 ネット社会の成熟、非正規労働者の増加…。国際化は飛躍的に進み、県都の中心部は大きく様変わりした。平成の30年に起きた変化をたどり、暮らしに及ぼした影響をみる。 (第11部・7回続き)
2019年3月11日

平成と大分

平成とは、この大分にとって何だったのか。来るべき次の時代のために、30年の歩みをひもといていく。

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