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202049日()

麥田俊一の偏愛的モード私観 第12話「シーロン」

 「シーロン」と云うブランド名の不思議な響きと、自ら「Oyui(おゆい)」と名乗る洒脱さに惹かれていたことは確かだけれど、私は私である、と云うように生意気を口にするのとは違う、何処かに生っ粋な感じが彼女の作る服には滲み出ていて、とりわけ今回紹介する最新作(2020年春夏コレクション)は、これまでとは少しく異なり、本人の些か臍曲がり的な資質(このエグミが面白い)が色濃く織り込まれている。だから気になって本人を取材することにしたのだが、これが矢鱈と面白かった。気骨と云うと武骨な印象を与えるが、本人のおゆいは至って普通っぽい女性に映る。但し、服作りにかけては、しっかりとした気性を備えていて頼もしい。ちょいと見、可愛い服なのだけれども。

 おゆいは、「100年後の人にも愛されるような服作り」を掲げ、2014年にブランドを開始した。「10年後」や「20年後」ではなく「100年後の人にも...」と大きく出たのは、ビンテージ服を扱う古着屋に勤務していた頃の名残なのだろう。年代物の服への愛着捨て切れず、ブランドを立ち上げた3年後に、念願の古着屋を東京の代官山に開店。服作りをする傍ら、現在も自分で米国を中心に年に4回程度の買い付けに出掛けている。古着を扱うのだから、流行りのリメークピースなども手掛けるのかと思ったが、そこはスパッと境界を引いている。「修繕ならばともかく、リメークは絶対にあり得ないです。自分が作った服が勝手に切り刻まれてヘンテコなモノを付けられたりするのを想像するだけで怖気が走るから。だからリメークピースは頼まれても作りません。そもそも古着を安価で買って、作り替えて高い値段で売るなんてカッコいいとは思えませんもの」と、なかなかに威勢がいい。「古着屋時代、私が少しだけ皆より年長だったこともあり、何時の間にかそう呼ばれていた」と云うけれど、このあたりの気っ風の良さが名前の「優維(ゆい)」に「お」が付いた渾名の所以かも知れない。謎解きついでに云うと、ブランド名の「シーロン」は、幼少の頃、家族で飼っていた愛犬の名前。欠かさず見ていた『高速戦隊ターボレンジャー』(1989年より1990年までテレビ朝日系列で放送された特撮テレビドラマシリーズ)に登場する妖精に因んだと云う子供らしい挿話も微笑ましい。

 さて、ここからが本題。彼女の「生っ粋」で「臍曲がり」な感性に言及しなければこの稿の収まりは甚だ悪い。「ニューロマンチック」と題した最新コレクションには、ロマンチシズムの本質としての、自分自身であると云う自由、パーソナルな視点と嗜好が通貫している。確かに彼女の作る服には、フリルやギャザー、パフスリーブや大きな襟、小花柄や綺麗な色などの愛らしさが、恰も通奏低音のように響き合っているのが常なのだが、今回はちと様子が違うのだ。「可愛い」と云う、いかにも東京的な風土に新たなベクトルを立てようとする今回の彼女の視点は、少しく大袈裟だけれど「異端」を感じさせるものだった。「自分の中にある『可愛い』と云う感覚の軸を歪ませてみたい」と云うのが起点。そもそも「可愛い」に正統も異端もないのだし、それに、彼女は、ゆめゆめ真っ向から「可愛い」を追い掛けたりはしない。寧ろ進んで「可愛くない」世界に遊ぼうとしているのだ。だが、そうかと云って彼女の流儀を「正統」あっての「異端」とするのでは何とも曲がない。だから此処では「異心を懐く人」としておく。果たして何に対しての異心か。云うまでもない。「可愛い」が蔓延する東京的な風土にである。服が可愛いのか? 可愛い女の子が着ている服だから可愛いのか? 「可愛い」の真性を超えたところで歪に増幅、更新し続ける、今の東京の風土的な曖昧さや軽さに対して懐く異心である。その風土を足蹴にすると云う行為は、それ自体の内に、当事者が先ずその風土の中に居合わせなければならないと云う痛切なパラドックスを孕んでいる。但し、彼女の視点は、可愛いに「アンチ」なのではなく、「脱」可愛いと云う立ち位置に根差している。

 番度繰り返すが、服が可愛いのか? 可愛い女の子が着ている服だから可愛いのか? 可愛くない服でも可愛い女の子が着るから可愛く見えるのか? ブランドが考える「可愛い」の真性とは?と水を向けると、彼女からはこう返ってきた。「デリケートな問題ですね。たとえば、可愛い子が可愛く見えるような仕草でSNSにアップされ、偶然『シーロン』のハッシュタグ付きで拡散されたとします。作り手の思いを超えた、可愛い服だけの認識で拡散されてしまうのは、正直どうかと思うこともあります。では、可愛くない服とは? 敢えて云うのなら、容姿だけで可愛いオーラを発散しまくっている場合は、着ている服の印象が得てして薄いと思うし、その逆で、本人が個性的で味のある雰囲気を醸し出しているのであれば、着ている服まで可愛く見えてくるものですよね。(本来なら)そう云う女性に着て貰いたいですね」。

 また、こうして確信犯的に「可愛くない」側への傾斜を深めることで、「可愛い」を炙り出そうとする発想も痛快。「自分では可愛いと思って作っていないモノを、結果として可愛くなるように作る感覚と云えましょうか。『見ようによっては可愛く見えるけれど...』とか『本当にこれ可愛いの?』と云った、『可愛い』に懐疑的なバイアスを立てた服作りです。また今回、もう一つ思い切りました。たとえばパフスリーブ。袖の膨らみの大きさはこれなら大丈夫と云った具合に、『着られる』と云う視点に立った配慮が効き過ぎていたこれまでのデザインを大胆に見直し、今回は敢えてコシの強い生地で袖の膨らみを誇張しています。だから、着た時に、電車の中で周囲の人の眼を気にする必要があるかも知れませんね。同様に、量感のあるワンピースも、パッと見は可愛いけれど、これまでよりも着難い仕上がりになっていて、作った本人が胸を張って云うことではありませんけれど(笑)、とにかく『もっとお洒落するぞ』的な気合と頑張りなくしては着こなせない服になっています」。作り手の進取の気性、時には、そのくらい溌剌とした語り口であって欲しいものだ。(麥田俊一、ファッションジャーナリスト)

2020年2月6日

エンタメ記者コラム

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