『かくしてモスクワの夜はつくられ、ジャズはトルコにもたらされた』ウラジーミル・アレクサンドロフ著、竹田円訳 歴史と渡り合う痛快な一代記

 1872年にアメリカ南部で生まれたフレデリック・ブルース・トーマスは、エンターテインメントビジネスの才覚で二つの帝国を巡り、時代をぐんぐん進んでいく。たった1人で渡り合うのはロシア革命、第一次世界大戦という歴史の荒波。本書は公文書や文献、証言を基に実在の人物を描いた痛快な一代記だ。エピローグまで一気に連れて行かれた。

 10代で都会に出て給仕や従者として働き始めたフレデリックは、シカゴ、ニューヨーク、ロンドン、パリ、そしてモスクワと放浪する。人生の駆動装置が温まる期間でもあった。英語、フランス語、ロシア語を操り目端が利いて、笑顔も魅力的なフレデリックは行く先々で人と仕事を引き寄せる。

 帝政末期のロシアに黒人はほとんど住んでいなかった。アメリカで受けたような差別はなく、芝居も踊りも酒も楽しめる劇場の経営は大当たりしてフレデリックは富を築く。しかし国を覆う革命の大嵐に巻き込まれた。財産を投げ出して家族とともに南へ逃げるしかなく、たどり着いたコンスタンティノープルで亡命者として再出発する。才は枯れることなく、経営するナイトクラブでジャズをはやらせたが、その成功を根っこから押し流すようにまたもや歴史の大波がやってきた。

 何という人生の起伏だろう。フレデリックは上り調子の時はエンジンを全開して最大の利益を目指す。下り坂でも最大出力で這い上がろうとする。アメリカにおけるロシア文学研究の第一人者である著者は、巧みな構成力で史実や風俗を再現し、黒人差別や国家の非情を浮かび上がらせる。フレデリックにまつわるさまざまな証拠を付き合わせ、魅力や慈善家の顔だけでなく、計算高さや嘘をついたことも明らかにしている。筆致は冷静で、かつ温かい。歴史と個人を対峙させ、練り上げられた評伝だと思った。

 やり手のはずなのに、フレデリックという人物はロシアでもトルコでも肝心なときに失敗し、失言する。ああ、完璧な人生などない。1人の人間は歴史の大音響に抗うことはできないかもしれないが、夢のためにあがいて、もがいてフィナーレに向かうことはできる。そう思いながら読んだ死後のエピソード、とりわけ最後の一節に、にやりとしてしまった。

(白水社 4200円+税)=杉本新

2019年12月27日

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