
こぶしを高く掲げ喜ぶ上野丘ナイン=23日、同校グラウンド
上野丘は出場32校中、最長となる60年ぶりの出場。半世紀の時を超えて甲子園に戻ってくる。
6限目を終えた午後3時5分。選出を知ったナインは廊下や教室で抱き合って大喜び。露口直也主将(2年)は「信じていた。頑張りが評価されてうれしい」と笑顔。佐野博紀部長(36)は「ダメなことも考えていたが…」と涙ぐんだ。
県内屈指の進学校。勉強時間確保のため、全部活動は平日が午後7時までと制限されている。7限目まである時は午後5時に練習開始。冬は照明を使っても見えにくく、約1時間半で終わる日もある。露口主将は「短い分、一球への集中力を高めている」、リードオフマンの嘉悦崇将(2年)は「練習と練習の間は必ず全力疾走。早く準備をするなど工夫している」と胸を張った。
この環境で培った集中力は接戦で強さを発揮。エース足立瑛(2年)を中心にした堅守と粘り強さが持ち味だ。第123回九州地区大会県予選は2度の延長戦を制して準優勝。冬の間も選出を信じて毎日練習した。新球種習得に励んだ足立は「実力は劣っても気持ちは負けない。新たに覚えたシンカーも使う」。
出場が決まった23日。午後4時から選手がグラウンドに集まり始めた。捕手の金森靖裕(2年)は「気持ちが高ぶっており、体が軽い」と興奮気味。ナインは生き生きとした表情でボールを追いかけていた。
【上野丘高校の沿革】
県内屈指の普通科進学校。伝統もあり、大分中学として1885年に創立。1948年に大分第一高、51年に大分上野丘高に校名を変更した。生徒数は1043人(男子588人、女子455人)。OBのプロ野球選手は58、59年に打点王を獲得したカツ城隆雄(毎日オリオンズ)がいる。
野球部は1897年創部。甲子園は大分中が1948年、大分第一高が49年の春に出場。夏は58年に出場した。部員数は41人。
OB・釘宮監督「夢かなった」
「夢がかなった」―。釘宮啓彰監督(41)は指導者として、さらに甲子園を目指した同校野球部OBとして、部員たちの喜ぶ姿に目を細めた。
21世紀枠の候補校に選ばれ、不安もあった。「もし選ばれなかったらどう対処すればいいか?」。前夜もあまり眠れなかったという。
現役時代は4番・サードで主将。県大会はベスト4が2回、夏の大会は3回戦で敗れた。
大学卒業後に教員となり、安岐(軟式)、碩南(現由布)、緒方工で指導した。
昨年4月、母校に赴任し、1年目で夢をつかんだ。「過去の指導が生きている。これまでかかわったすべての人に感謝したい」と話した。
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