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伝説のランナーの写真を展示 日田市

[2011年08月28日 09:35]

日田市港町公民館に飾られている板谷市蔵さんの写真

 日田市豆田町の天領日田資料館で「なつかしの風景 筑後軌道展」を開催中(31日まで)。同市港町にはかつて、その筑後軌道(軽便鉄道)と競走して勝ったという伝説のランナーがいた。「市ツァン」こと板谷市蔵さん(1962年没)で、その写真は今も同町公民館に飾られ、町民の尊敬を受けている。

郷土の誇り 板谷さん
 板谷さんは人力車引きをして毎日走るうちにマラソン選手となり、16年の第3回日本オリンピックで2位になるなど、健脚を誇った。大分陸上競技協会が出版した「大分陸協50年史」でも紹介されている。

「筑後軌道との競走で圧勝」の伝説
 筑後軌道との競走について、なぜ競走したか、どこからどこまで走ったかなどは不明だが、「市ツァンが大差で勝った」と言い伝えられている。市内石井にあった筑後軌道の橋は当時、軌道専用で人が渡れなかったため「競走したのは日田の中だけで、石井から豆田駅までではないか」と港町の自営業藤原喜一郎さん(77)。「とにかく速かったそうだ。港町の誇り。競走の理由は、16年に筑後軌道が豆田町まで延長されたことで、商売敵に対抗意識を燃やしたのでは」

 日本のマラソンの父と称される金栗四三選手と走ったことが自慢だったという。港町に隣接する豆田町では85年、草野本家が「日田にもアベベがいた 豆田が生んだマラソンランナー」と題するコーナーを設置。草野覚前館長(ことし4月死去)が所蔵していた新聞記事や写真、メダル、賞状などを展示した。草野康子館長(56)は「展示の際に初めて知り、地元にこんな人がいたのかと驚いた。風化する前に語り継いでいきたい」。

 板谷さんの親戚筋に当たる市内港町の飲食業板谷義文さん(48)は「祖父から聞いたことはあるがあまり詳しくは知らない。地元の偉人と言ってもらえるのはありがたいし、親戚として励みになる」と話している。

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