
講演する辻井いつ子さん
昨年の米バン・クライバーン国際ピアノコンクールで優勝したピアニスト辻井伸行さんの母、いつ子さんが19日、大分市内で「子どもの才能の見つけ方、伸ばし方~明るく、楽しく、そしてあきらめない」と題して講演した。ボランティアグループ「野ばらの会」(野村純子代表)10周年記念事業。要旨を紹介する。
人生の大きな壁
出産という女性として一番輝ける喜ばしい時に、私は人生で一番大きな壁にぶつかった。授乳の時、赤ちゃんは目をぱっちり開けてお母さんを見るのに、息子は目を閉じたままだった。産婦人科医の夫から息子に視覚障害があることを告げられ、現実を受け入れられなかった。
そんな時、視覚障害があっても健常者と変わらない生活を送っている人の本を読み、目が見えないから世の中が狭くなると考えていた自分が愚かだと思った。障害があっても、いろんなことを感じ、メッセージを送ることができると思うと気持ちが晴れた。
闘いから喜びに
音楽の才能に気付いたのは生後8カ月の時。ショパンのCDに合わせてふすまをけりながらリズムを取り、楽しそうにしていた。しかし、同じ曲でも演奏者が違うと機嫌が悪くなった。息子は演奏者の違いを聞き分ける耳をもっていることに気付いた。「これが聞きたい」と、体で表現していた息子と初めてコミュニケーションが取れた気がしてうれしかった。
2歳3カ月になり、やっと言葉が通じるようになったころ、料理をしながらジングルベルを歌う私に合わせて、隣の部屋からメロディーが聞こえてきた。息子がおもちゃのピアノを弾いていた。それまでの私にとって子育ては、喜びというよりは闘いだったので、光が差し込んだ瞬間だった。
わたしは息子をピアニストにしようとか大それた思いはまったくなかった。ピアノが好きで音を拾いながら弾いている息子の姿を見て、楽しかったらいいなと思った。好きなことが一つあれば、乗り越えていけると思ったから。
親の否定嫌がる
小学5年の時のコンクールで、演奏を終えた同世代の子どもが母親から「何であんなふうに弾いちゃったの」「間違ったわね」と否定的なことを言われているのを聞いて、息子は「僕のお母さんはピアノが分からなくてよかった。どこがいけなかったかは自分が一番分かる。先生に怒られるのは仕方がないけど、親に言われるとやる気がなくなる」と言っていた。その時、子どもは親には無条件に褒めてほしいんだなとあらためて感じた。
さまざまな人との出会いで息子の音楽人生が開けたと思う。高校2年の時のショパンコンクールはファイナルに進めなかったが、私は一生懸命やってもたどり着かないことがあるということが分かってよかったんじゃないかなと思う。昨年のクライバーンコンクールはものすごい拍手で温かく迎えてくれる人たちのために気負わず、楽しんで演奏した結果、優勝することができた。
人生の途中で真っ暗なトンネルに入ったとき、私がいつも思うのは「きょう一日だけ、とにかく精いっぱい頑張ってみよう」ということ。きょうだけなら頑張りは利く。その積み重ねで、これまできたような気がする。いつか大分で息子のコンサートを実現することができたらうれしい。
つじい・いつこ
1960年東京生まれ。長男伸行さんが生後間もなく全盲と分かり、絶望と不安の中で子育てをスタート。持ち前の積極性と行動力で伸行さんの可能性を引き出す。子育てに悩む親が意見交換できるサイト「辻井いつ子の子育て広場」を開設。著書に「今日の風、何色?」「のぶカンタビーレ!」「親ばか力」(いずれもアスコム)がある。
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