
最後の作品を手に笑顔の坂本さん
小鹿田(おんた)焼を作り続けて約50年。日田市源栄町に住む陶工、坂本茂木さん(73)が一線を退いた。孫の創さん(20)が家業に入ったため。このほど、最後の作品を並べた窯に火を入れて、静かに引退した。「とても充実していた。すっきりしている」と晴れやかな表情を見せた。
坂本さんは10人きょうだいの9番目。後継者の兄が戦死したため、中学校を卒業した1952年から弟子入り。54年に父仙造さんの後を継ぎ、第7代当主になった。
窯業を継いですぐに転機が訪れた。英国の陶芸家バーナード・リーチ氏(1887~1979年)が集落を訪問。約3週間の滞在中、坂本さんはリーチ氏の助手を務めた。「陶芸について学べ、貴重な経験だった」と振り返る。
小鹿田焼はリーチ氏の影響で注目を浴びた。全国から陶器を買い求める客が来訪。厳しかった陶工の生活は一変した。「窯から出した陶器は2、3日で完売した」という。
仕事は多忙を極め、昼夜を問わずに働いた。当時は窯業と農業で生計を立てた。早朝から農作業をし、夜遅くまでろくろを回した。「一日中働きづめ。体を酷使していた」という。
坂本さんは陶器を使う人々を思い浮かべ、陶器を作った。「美術品でない。大切なのは使い勝手の良さ」が信念。材料になる陶土、水、まきはすべて周辺の山林から得る。「優れた器ができるのは自然の恵みのおかげ。失敗は職人の技術不足」と考え、腕を磨いた。
約10年前、長男工さん(46)に当主を譲った。各家のろくろは2台で作業は2人が行う。創さんがことし4月に修業から戻ったため、引退。現在は陶土の管理を担当する。
「仕事を通じ、全国に友人ができた」と坂本さん。神奈川県鎌倉市では知人が引退を記念し、坂本さんの展示会を開催した。最後の完成品も全国の知人に譲るという。「残りの人生は好きな酒を飲み、俳句を詠んで過ごしたい」と笑った。
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