
「甲子園に行って吉川に報告しよう」。必勝を誓う柳ケ浦高校ナイン=9日午後、宇佐市の同高校グラウンド
柳ケ浦高校(宇佐市)のバスが横転し、2年生だった吉川将聖(しょうせい)君=当時(16)、奈良県出身=が死亡、37人が重軽傷を負った事故から1年。ナインは精神的なショックやけがの後遺症に苦しみながら練習を重ねてきた。「僕たちは9人じゃない。吉川の力を借り、10人で戦うんだ」。そんな思いを胸に、10日開幕の全国高校野球選手権大分大会に臨む。
「あっという間の1年だった」。藤久保茂己監督(59)は振り返る。
“あの日”から、チームはどん底を見た。事故直後の大会は2回戦で敗退。新チームとなってからも当時の1、2年生がけがの治療などでそろわず、「練習どころではなかった」。
「眠れない」「車に乗るのが怖い」。部員は精神的に落ち込み、スクールカウンセラーがケアに当たった。それでも、心的外傷後ストレス障害(PTSD)になったり、「環境を変えたい」として、数人が転校や自主退学をした。事故のことは誰も口にせず、重苦しいムードが漂った。
転機が訪れたのは昨年11月、敗戦試合後の寮でのミーティング。けがをした部員が言い出した。「もう事故のことは関係ない。互いに思ったことを言い合おう」
その月の文化祭では、吉川君の同級生部員全員が、全校生徒を前に「栄光の架橋」を歌った。事故があった日、激励会で吉川君がリーダーとなって歌うはずだった曲。3年生の田嶋峻大(たかひろ)主将(17)は「あいつのためにも頑張らないと、と思った」。
新年を迎え、藤久保監督は「超越」をテーマに掲げた。「どんな苦しみも乗り越え、強くならなければ」との思いからだ。「事故は一生背負っていかねばならないだろうが、(部員は)野球に打ち込み、元気になれた。何とか夢をかなえてあげたい」と話す。
10日は新大分球場のスタンドで吉川君の遺影を掲げ、昨年見ることのできなかった開会式を見てもらう。初戦は12日。「甲子園に行って、みんなで(奈良へ)吉川の墓参りに行こう」。それがチームの合言葉だ。
全校生徒が黙とう
吉川将聖君の一周忌を前に、柳ケ浦高校は9日、全校一斉のクラス集会を開いて冥福を祈った。
授業の開始前、高橋和治校長が校内放送で「昨年の7月11日、本校にとって最も痛ましい事故が起こりました。亡くなった吉川君のご冥福をお祈りします」と呼び掛け、全校490人が黙とう。全員が野球部員の3年1組(普通科体育進学コース)では、立ち上がった部員が固く目を閉じた。
高橋校長は「交通安全に取り組み、事故を起こさないことを誓います」と述べた。
<ポイント>バス横転事故
昨年7月11日、全国高校野球選手権大分大会の開会式に向かっていた柳ケ浦高校のバスが日出町の大分自動車道で横転。バスには控えの1、2年生が乗っており、2年生の吉川将聖君が車外に投げ出されて死亡した。3年生らは別のバスに乗っていた。
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