
出発が間近になった松島勉さん(左)と「安全な航海を」と語る滝口浩司さん=国東市武蔵町のマリンピアむさし
移住先であるオーストラリア・ケアンズ市への航海を目指していたヨットマンの調理師、松島勉さん(55)=東京都足立区出身、ケアンズ在住=が3月中旬、2年近くを過ごした国東市武蔵町のマリーナを出港し、南へ向かう。松島さんは「大分は“第二のふるさと”。南太平洋への長年の夢を後押ししてくれた」と感謝している。
松島さんの実家は和洋菓子店。ウインドサーフィンなどを通じて好きになった海を生活の舞台にしようと35歳で渡航し、ケアンズ市の老舗レストランで働いた。一時帰国後、永住権を得て1997年から再渡航。大型ダイビングボートの調理師として働いていた。
自宅も購入できたが、自ら舵(かじ)を握りたいという思いは強く、中古艇価格の安い日本でヨットを購入するために自宅を売却。神奈川県内の漁港に放置同然で係留されていた一本マストの外洋ヨット「シーハイル」(12トン)を手に入れた。
大掛かりな整備が必要なため、オーストラリアで知り合った大分県人のヨットマンの薦めで2008年5月、武蔵町のマリーナ「マリンピアむさし」(滝口浩司ハーバーマスター)に入港。マリーナの人たちの支援もあってマストの補強や航海機器、船体の修復を成し遂げた。ホームセンターなどでアルバイトをして生活費に充てるうち、優しい人柄で地域に溶け込んでいった。
松島さんは宮古島から出国し、ゆっくりとパラオ、ラバウルを経て5月中旬にケアンズに着く。世界一周の夢を語り合いながら昨年9月に病死した由布市の故・三重野寛治さん=当時53歳=の愛艇から救命胴衣を譲り受け携える。松島さんは「救命胴衣を身に着け、夢の一部でも共有したい」と話している。
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