
キリシタン灯籠を調べる東木神父。指さすところに「IhS」(右側を上にして横書き)のマークがある=別府市東荘園
別府市荘園のカトリック教会「サレジオ・ハウス」の東(ひがし)木(き)忠彦神父(70)が、市内のキリシタン遺跡を巡るコース「西国キリシタン聖跡88カ所巡りin別府」をつくった。「別府は単なる行楽地だと思われがちだが、キリスト教の歴史的な背景もあることを知ってもらいたい」と話している。
東木神父は2008年12月、病気療養のため大阪から別府に転居。以来、健康づくりも兼ね、歩いて調査を続けてきた。これまで全国各地で50年間研究してきた成果を踏まえ、「西暦1600年ごろ、日本で最もキリスト教が栄えていたのは豊前中津だった。別府も境川以北は豊前に支配されていた」と説明する。
1630年ごろから、全国で信者の弾圧が一段と強まった。「全国の殉教者4万人のうち、豊前は9千人、豊後は4千人。別府では200人が殉教した」。朝見川上流や内成方面へと逃げたため、市内の遺跡はそれらの地区に多いという。
遺跡の大半は、キリシタン灯(とう)籠(ろう)などの石造物。十字架を加工して作った織部型キリシタン灯籠をはじめ、十字のマーク「クルス」や「イエズスは人類の救世主」を意味する「IhS」の文字が刻まれたものなど貴重なものも多いという。15世紀から近年のものまで、キリシタン遺跡とみられる約200の遺跡を発見。断定できた88カ所を選んでコースを考案した。中津や京都、金沢、東京などでの調査結果をまとめた冊子「日本全国のキリシタン灯籠分布図」も作製した。
「遺跡の巡礼は、十字架の苦難を通した栄光の道につながる。皆さんにも天国に行ってもらいたい」と話している。問い合わせは東木神父(同教会内、TEL0977・23・9216)へ。
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