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岩澤重夫さんを悼む 芸館副館長・佐藤直司

[2009年11月16日 10:28]

岩澤重夫さん=2007年12月21日、日田市民文化会館パトリア日田(県立芸術会館提供)

 現代日本画壇を代表する画家岩澤重夫さん(日田市出身)が亡くなった。風景画の人気作家として画壇を力強くリードしてきただけに、誠に残念である。
 つい先日、本年度の文化功労者として選出された報に接し、福田平八郎、高山辰雄に続く栄誉に、多くの岩澤ファンは小躍りして、さらなる活躍を期待していたに違いない。近年は「高山辰雄賞ジュニア美術展」の顕彰会名誉会長として、大分県の子どもたちの造形教育に大きな理解と支援を惜しまなかった。次世代の日本美術を支える若者の育成についても熱心に語っていたことを思い出す。
 また、長年取り組んできた「金閣寺襖絵(ふすまえ)」の完成も見通しが立ち、来年秋には全国巡回展も予定していると聞いていたので、無念さがいっそう募る。
 岩澤さんに初めてお目にかかったのは、かれこれ30年前になる。当時は“信念これにあり”という感じの剛直そのままの方で、どことなく近寄りがたい存在であった。大胆な画面構成と力強い筆致で注目を集めていた時期だった。
 60年に及ぶ画業にはいくつかの転換期があったが、私が鮮明に記憶しているのは、1985年の山種美術館賞展で「古都追想(西安)」が大賞を受賞した時。もともと同展は、新人の登竜門的な性格のコンクール展であったが、当時、既に日展評議員となっていた岩澤さんの出品は誰も予想していなかった。
 作品の内容から大賞受賞は当然の結果ではあったが、制作に懸ける岩澤さんの並々ならぬ意気込みを広く知らしめることとなった。作品本意を貫く姿勢から、新人も中堅もないという岩澤さんならではの剛直ぶりを遺憾なく示した出来事だった。このことを契機に、私は岩澤さんの実直な生き方に親近感を覚えた。岩澤さんはこの受賞を境にして、多くの栄誉を重ねていくことになる。
 岩澤さんは、口癖のように「自分の芸術の原点はふるさと」と語っていた。そのふるさと・大分の自然への愛は、日本の風景へと展開して全国各地に写生旅行は及んだ。真の風景を追い求め続けた岩澤さんには、まだ時間が足りなかったのではないかと思う。これまで、いろいろとご指導やご助言をいただいたことが、今懐かしく思い出される。
 岩澤重夫先生のご冥福を心よりお祈りいたします。
 (県立芸術会館副館長兼学芸第一課長)
 ※県立芸術会館は岩澤さんをしのび、開催中の平常展Ⅳに追悼コーナーを設けて代表作を展示している。
 × × × 
 岩澤重夫さんは7日、京都府南丹市の病院で死去した。81歳。

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