
日傘がよく似合う中津市内の城下町
中津市が誇る伝統工芸の中津和傘。洋傘に押され、今では貴重な存在となった和傘の灯を絶やすまいと奮闘する作り手たちを訪ねた。
10万石の城下町中津。シンボルの中津城、福沢諭吉旧居などに程近い場所に「和傘工房・朱夏(しゅか)」はある。今吉次郎代表(56)、馬出吉広さん(65)ら4人の職人が制作に携わる。1本の傘を完成させるのに要する期間は2カ月ほど。その間、骨組みから和紙張り、乾燥、飾りの刺しゅうまで80以上の緻密(ちみつ)な工程をこなしていく。
傘作りを始めて今年で5年目を迎える。昭和初期の最盛期には市内に70軒ほどあった和傘店も徐々に衰退。2003年、最後の職人が廃業した。しかし、「文化の継承を」と今吉さんが中心となって立ち上がった。「製造が絶えてしまえば、和傘を使用する地元の祭りの維持にも支障が出てくる。伝統を守り、傘で地域おこしができないかと考えた」
取り組みを始めたが、苦労の連続だったという。「道具はあっても、製造方法を教えてくれる人はいない。現物を解体し、参考になりそうな書物を読み、一から自分で考えるしかなかった。サラダ油を引いて、乾燥に失敗したなんてこともあった」と当時を振り返る。
山積する問題を一つ一つクリアし、さまざまな柄の和紙を組み合わせたオリジナルの傘、ランプシェードなども手掛けるまでになった。職人の梶原あけみさん(54)は「評判を聞き付けた県外からも注文が入りますよ」。「お客さんからは洋傘の日傘よりも遮光性が高いと言われました」と同じく職人の是石正子さん(56)。
2人には手製の日傘を差しながら散策してもらった。服装は洋服、傘の柄は洋傘に使われるような華やかなもの。しかし、違和感は全くなく、敷居の高そうな和傘がとても身近に感じられる。「伝統の和傘も時代に合わせて変化していく。ジーンズでも差せる和傘が商品のコンセプト」と言う今吉さん。その意味が理解できたような気がした。
さまざまな柄の和傘を差した現代の人々が城下町を行き交う。そんな光景を見られる日も遠くないかもしれない。
メモ
中津和傘の製造が始まったのは200年ほど前。製造に必要な原料の竹や和紙、水の浸透を防ぐ塗料となる柿渋などを地元で調達可能だったことが主な理由とされる。幕末には下級武士の内職として奨励されたという。現在でも和傘を作っているのは全国でも10軒ほど。九州では「朱夏」を含め2軒しかない。価格は1本1万4千円から。朱夏(中津市鷹匠町)の連絡先はTEL0979・23・1820。
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