
日田の「川開き観光祭」駅前お祭り広場で日田下駄タップを披露するダンサーの石原さん=5月24日
5月下旬、日田市の「日田川開き観光祭」で披露された“日田下駄(げた)タップ”。軽やかな下駄の音が響き、観客を魅了した。日田は古くから林業の町として名をはせ、下駄は静岡、広島とともに日本三大産地。しかし他の地域同様、下駄産業も林業も低迷が続いている。下駄タップは地場産業再生のきっかけになるのか―。
懐かしく温かい音
カタカタ、カッ。リズミカルに響く下駄の音。観光祭2日目(5月24日)の夕方。駅前の特設ステージで下駄を履いたダンサーや子どもたちが躍動感あるステップを踏んだ。カランコロンという音が懐かしく温かい。終わると拍手喝采(かっさい)。下駄タップは人々の目と耳に鮮烈に焼きついた。
「日田下駄」「タップダンス」をキーワードに、初めて日田内外の“パフォーマー”が結集して実現した。プロタップダンサー石原万吉さん(別府市)、日田市内でダンススタジオを主宰する倉内悦子さん、敦子さん親子と教室生、生演奏担当の音楽家首藤早苗さん(大分市)と仲間たちだ。
石原さんと首藤さんは、三和酒類顧問の原田敬一郎さん(64)と企画し今春、日田市内の同社蒸留所イベントで日田下駄タップを初披露したばかり。倉内さんは20年以上前から日田下駄を履いて踊り、その楽しさを知っている。
「音がいい。踊っていても気持ちいいんですよ」。ステージ後、石原さんは汗をぬぐいながら笑顔。倉内さんや子どもたち、ほかのメンバーも「楽しかった」と晴れやかな顔を見せた。
軟らかい履き心地
日田下駄の良さはスギ材を生かした木目の美しさ、軟らかい木肌の履き心地。だが、生活様式の変化や外国産の台頭などで需要は低下。かつて200軒はあった店が今では十数軒になり、生産量は「10年前の半分」という現状だ。
「日田下駄がこんなふうに使われるとは。とてもうれしいですね」と、ステージを見た大分ひた下駄組合の高村武雄組合長(59)。「魅力を伝える新たなパフォーマンスになる。ぜひ連携を」と喜んだ。
市商工労政課の黒木一彦課長は「インパクトがある。物産展などで協力していきたい」と期待する。厳しい林業をサポートする市林業・木材産業振興課の吉田清士課長は「消費者に木をどんどん身近に感じてもらうことが大切」と話した。
有志が結集した今回のステージ。仕掛け人の一人、原田さんは「タップを見て下駄を履いてみたいという人が増えたらいいですね」。日田下駄タップの“面白い”“楽しい”が、どんどん広がれば地域の元気に一役買うことは間違いない。
(日田支社・藤内賢治、和田礼子)
メモ 日田下駄作りは日田が天領だった江戸時代の天保年間から発展した。当初はきり下駄が中心だったが、良質のスギ産地となり、すぎ下駄が主流。製作作業は大きく分けて(1)原木を下駄サイズの長方形に切る「木取り」(2)下駄の形にする「木地(きじ)」生産(3)焼き加工(4)仕上げ―など。創業60年、木地作りが中心の浦塚木履の2代目、浦塚重行さん(58)は「生活必需品から趣向品となった。下駄タップで、履いたことのない人に興味を持ってもらえたらいいですね」と言う。
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