
歴史ロマンを感じる手付かずの石畳道を行く参加者=中津市山国町の出羽
日田市と中津市を結ぶ江戸末期の街道を歩く「漱石、頼山陽が歩いた道!日田往還中津街道復元ウオーク」が三日間かけてあった。完歩者は五十七人。延べ三百六十人が歴史ロマンに触れる約五十キロのウオーキングを楽しんだ。
中津市しもげ商工会(渋谷開会長)と立命館アジア太平洋大学ツーリズム&ホスピタリティ・インスティテュート・轟博志研究室が、図上復元した街道を実証しようと企画。
初日は市民のほか、福岡県や県内各地などから百四十人が参加。JR日田駅前での出発式では渋谷会長が「新たな観光資源を残したいとの取り組み。行程を楽しみいろんな意見を聞かせて」などとあいさつ。一番の難所とされた伏木峠を越える中津市山国町守実までの約十六キロを踏破した。
途中、永山布政所(日田代官所)や、こう配を緩和する十六カ所の曲がり道を行く石坂石畳道(県史跡)、当時の国境“境の谷”、手付かずの石畳跡が残る“茸(なば)木(き)”“出(ゆずり)羽(は)”などを確認。川沿いや裏山、林の間など現在の道とは違う昔の街道を興味深く歩いた。
二日目は青の洞門までの二十一キロを、最終日は中津城までの十三キロを歩き、歴史街道を満喫。中津市の長谷川光明さん(63)、喜美子さん(58)夫婦は山国町内の石畳を歩き「こんな道が残っていたとは。面白い体験をした。また歩きたい」と笑顔。同市の友松丈子さん(64)は「路地裏を行くなど本当の街道を知り、歴史の良さを感じた」と話した。
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