
「戦没者のために何かしたい」と歌碑を建立した広石さん
「戦場に散りゆきし友悼みつつ平和を生きて八十路坂ゆく」―。杵築市大内の広石作(つくる)さん(85)が、大内地区の戦没者を慰霊する歌碑を自宅敷地内に建てた。「長生きさせてもらった感謝の気持ちを込め、自分にできることをして霊を慰めたい」と広石さん。1月25日、遺族や地区住民を招いて、除幕式をした。
広石さんは一九四三(昭和十八)年、志願して歩兵となり、鹿児島に赴いた。知覧で機体整備や弾薬の運搬などに携わった。その後、小倉の下士官学校を経て、鹿児島で終戦を迎えた。
最近になって、「戦没者のために何かしたい」と考えるようになり、地区の戦没者について調べた。太平洋戦争での戦没者は二十人いた。そのうち約半数は終戦間際に亡くなっていたことが分かった。「調べてみると、戦没者は知っている人ばかりだった」という。
歌碑の建立は一年ほど前から準備を進め、昨年末に完成した。法要を兼ねた除幕式への出席を遺族に呼び掛けた。
式には約四十人が出席。読経の後、戦没者二十人の名前を一人ずつ読み上げ、冥福を祈った。戦争で父を亡くした広石七郎さん(73)は「わたしが幼いころに亡くなってしまったが、厳しい父親でした」と静かに話した。
広石さんは「寒い中、多くの遺族が出席してくれた。若者をはじめ今を生きる人々に、平和は犠牲になった戦没者のおかげだということを、再認識してもらえたらうれしい」と広石さん。
今後は年に一度、法要を営むことにしている。
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