
「何十年たっても教え子とは“親子”のようなもの」と甲斐トミさん(前列中央)
大正から昭和にかけて教員生活を送った由布市湯布院町の甲斐トミさんが今年、百歳を迎え、町内で長寿を祝う会が催された。企画したのは、八十歳代も半ばに差しかかった教え子たち。恩師を前に、この日ばかりは誰もが童心に帰って当時を懐かしみ、「先生、百歳おめでとう」。
甲斐さんは一九〇八(明治四十一)年十月十日、現在の同町湯平地区に生まれた。二六(大正十五)年に専科正教員検定試験に合格し、六二(昭和三十七)年に退職するまで旧湯布院町などの公立校に勤務した。
厳しくも愛情あふれる指導ぶりは今も語り草で、多くの教え子から「恩師」と慕われている。
長寿を祝ったのは、川西尋常高等小学校(現・川西小)を三七(同十二)年に卒業した十八期生(約三十人)。二年のときの担任が甲斐さんだった。
大久保昌信さん(84)=同町川上=は、毎朝、着物姿で廊下の隅々までぞうきんを掛け、校門で児童を出迎えた甲斐さんの姿を覚えている。「何事も率先垂範で分け隔てなく愛情を注ぐ素晴らしい先生だった」という。
現在、町内の特別養護老人ホームで暮らす甲斐さんだが、長寿を祝う会に元気な姿を見せ、十八期生も九人が駆け付けた。出席できなかった七人も祝福のメッセージを寄せ、七十年以上を経ても変わることのないきずなの強さをうかがわせた。
祝宴では校歌を斉唱し、当時の思い出話に花を咲かせた。甲斐さんは「みんな元気に長生きして人の役に立ってください」と教え子を激励した。
「みんなと再会できて本当にうれしかった。何十年たっても教え子とは“親子”のようなもの。わたしは幸せ者」。甲斐さんはこう振り返った。
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