
全国高校野球選手権大分大会の優勝旗を手に笑顔を見せる大崎さん=2007年7月29日、福岡市内の病院
十九日にあった楊志館高校の二学期終業式。福祉科福祉ワーカーコース三年のクラス担任で野球部監督の宮地弘明教諭(36)は、遺影を囲むように花や菓子で飾られた机の上に、メッセージ入りの満点の成績通知表をそっと置いた。「すばらしい命の授業、ありがとう」。十月末、上咽頭(いんとう)がんのため、十七歳の若さで亡くなった同校野球部マネジャーの大崎耀子(あきこ)さん。大好きな野球部を心の支えに約一年半、病魔と闘い続けた。命の限り“全力投球”した生き方は、命の尊さ、家族や友人とのきずなとは何かを残してくれた。
二〇〇七年五月末に発病。入院後は抗がん剤と放射線の治療で食べ物がのどを通らなかった。それでも頑張れた。入院先で七夕の短冊に書いた願いごとは「楊志館高校甲子園出場」。医師もできる限り、学校や野球部のスケジュールに合わせて治療を行った。野球部は同年七月の全国高校野球選手権大分大会で優勝。甲子園も初出場で8強に。病室に届けられるウイニングボールが生きる原動力となった。母親(55)は「食べることができなくても生き生きしていた」と振り返る。
〇八年六月からは治療を自らの判断でやめた。残された時間をつらい治療で費やすのではなく、野球部と一緒にできることを、精いっぱいやっていくために。大崎さんが書いた最後の練習日誌にはこうつづられていた。「チームが勝てるなら私はどうなってもいい」
大崎さんの復帰を願い、グラウンドに造られた花壇は野球部にとって神聖な場所になっている。「仲間や人を信じる心を体現してくれた」と羽田恭輔部長(39)。「あっこ」が残した心は、かかわったすべての人の中に生き続ける。
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