
森春樹が鏡坂の由来を示すために建てた石碑の碑文から拓本を作る作業を見守る森明子さん(奥)
第一回日田市先哲展が十七日から、市民文化会館「パトリア日田」で始まる。江戸時代に三大農学者と言われた大蔵永常と、広瀬淡窓が「多材多芸の人」と称した国学者の森春樹に関する史料を展示する。一月十八日まで。一月十三、十五日には先哲歴史講座もある。
大蔵永常は一七六八年に紺屋町(現在の日田市隈二丁目)に生まれた。綿やハゼ、サツマイモの栽培や製糖、製紙などの技術を身に付け大坂や江戸などで活躍。農民に分かりやすいよう絵入りの農業書を記した。
森春樹は一七七一年に紺屋町で、豪商の長男として生まれた。商いを弟に譲った後は、隠宅悠然亭に移って国学や和歌、香、茶などを修め、各地の文化人と交流した。市は春樹が市内上野の鏡坂に、地名の由来を示すために建てた碑文の拓本を製作して展示する。
碑文は景行天皇が日田を訪れ、地形を観望した際に「鏡面」のようだと言ったことが由来と記されている。春樹の弟の春明から数えて八代目の子孫で森家を継いでいる森明子(めいこ)さん(69)は拓本製作に立ち会い、「春樹がこうして日の目を見ることをありがたく思う」と話していた。
先哲歴史講座は、十三日に県先哲史料館の平井義人副館長が、十五日に同館の佐藤香代主任研究員が、いずれも午前十時半からと午後二時からの二回講演する。観覧・聴講とも無料。
問い合わせはパトリア(TEL0973・25・5000)へ。
[PR]セントラル短資FX
※無断転載を禁じます。 当ホームページに掲載の記事、写真等の著作権は大分合同新聞社または、情報提供した各新聞社に帰属します。
![]()