大分のニュース

山本五十六「述志」など一般公開

[2008年12月06日 13:17]

「述志」など9点を展示=6日午前、県立先哲史料館

 旧日本海軍の山本五十六連合艦隊司令長官直筆の遺書とされる「述志(じゅっし)」など九点を一般公開する「緊急速報展 発見!堀悌吉と山本五十六」が六日、大分市の県立先哲史料館で始まった。これまで所在が分からなかった貴重な史料を一目見ようと、山本ファンや愛好者が訪れた。十四日まで(八日は休館)。無料。
 史料はいずれも山本長官と深いきずなで結ばれた堀悌吉海軍中将(杵築市出身)の遺品から見つかった。
 展示では、山本長官が一九四一年十二月にしたためた「述志」が目を引く。便せんに筆でしたためた文面からは、日米開戦に強く反対しながらも、軍人として戦争の先頭に立つことになった苦悩がうかがえる。
 山本長官が四一年一月にまとめ、当時の海軍大臣に提出した「戦備訓練作戦方針等ノ件覚」からは、航空機と魚雷による真珠湾の奇襲攻撃を、開戦の約十一カ月前に立案したことが分かる。堀中将が戦後、山本長官と後任の古賀峯一長官についてまとめた「五峯録(ごほうろく)(甲冊)」も展示している。
 展示を見た後藤勲さん(69)=別府市スパランド豊海=は「もともと戦争に反対していた山本長官が、戦争を遂行するとは皮肉なものですね。小説を読んでみたくなりました」。旧海軍出身の阿南直浩さん(79)=大分市青葉台=は「当時、山本長官の戦死を聞き、戦争の先行きに不安がよぎったのを思い出しました。陸軍にも、山本や堀のように欧米のことをよく知る幹部がたくさんいれば、戦争は防げたかもしれない」と話した。

 【述志】山本五十六長官が死を決意して書いたとされる2通の文書で、遺書とされる。内容は堀悌吉中将の「五峯録」などで分かっていたが、実物は今回の調査で見つかった。1通は1939年の海軍次官時代、暗殺の危機がある中、日独伊三国軍事同盟締結に反対する思いを述べた。41年の「述志」は太平洋戦争開戦当日の12月8日に戦艦長門の艦上でしたためた。

県内過去のニュース

2月17日

2月16日

2月15日

2月14日

2月13日

2月12日

2月11日

2月10日

2月09日

2月08日

2月07日

2月06日

2月05日

2月04日

2月03日

2月02日

2月01日

1月31日

1月30日

1月29日

1月28日

1月27日

1月26日

1月25日

1月24日

1月23日

1月22日

1月21日

1月20日

1月19日

1月18日

[PR]セントラル短資FX

※無断転載を禁じます。 当ホームページに掲載の記事、写真等の著作権は大分合同新聞社または、情報提供した各新聞社に帰属します。
Copyright (c) 2008 OITA GODO SHIMBUNSHA