
退任式で花束を受け取る大分商工会議所の安藤昭三会頭=28日、大分市の大分商議所ビル
十一月末で退任する安藤昭三・大分商工会議所会頭の退任式が二十八日、大分市の大分商議所ビルであった。後藤康雄事務局長をはじめ職員約三十人が出席した。
安藤会頭は「皆さま方の支えがなければこの役を全うできなかった。あらためて深く感謝している。これからも新しい情勢をよく勉強して会員企業のニーズに応えてほしい」と呼び掛けた。職員から花束が贈られ、最後に記念撮影をした。
大分商工会議所会頭で県商工会議所連合会長の安藤昭三氏(80)が十一月末で退任する。二十八日、大分合同新聞社のインタビューに応じ、十一年八カ月の在任期間を振り返った。
就任前は大分銀行頭取で商工会議所の活動にはほとんど参加していなかった。だが、吉村益次前会頭に勧められ、平松守彦前知事の提案もあってお引き受けした。地元中小企業のお世話をしないといけないという思いだった。当初は一期か二期務めて後はどなたかに、と考えていたが、まさか十一年も務めることになるとは思わなかった。
会頭に就いた一九九七年は山一証券や北海道拓殖銀行の破たんなど、金融恐慌が進んでいた時期。退任の年も金融恐慌となったが、今回の方が厳しいのではないかと心配だ。
とにかく高速道路の整備促進はわたしなりに努力したし、県商連を挙げて運動した。大分自動車道は片側一車線から二車線になった。東九州自動車道は南はようやく佐伯まで通ったが、北の方は北九州との間を造らねばならない。自動車関連の下請け工場がかなり来ているが、そこに高速道路がない。企業進出の呼び水となるインフラはかなりできている。あとは高速道路だ。
昭和三十年代終わりからの新産都が成功したおかげで、新日鉄、昭和電工、東芝、キヤノン、九州石油(現・新日本石油精製大分製油所)、中津のダイハツを含めて先進的な企業が立地し、これに連なる企業の業績も良かった。雇用情勢も九州トップを保ってこられた。九州の中でも景気が良かったという点は、よくできたなと、いささか安心している。
時代の流れで力及ばなかったのが、商店街の活性化。おおいた土曜市や歩行者天国の実施も情勢をひっくり返すまではいっていない。中心市街地活性化基本計画はできたが、国の認定を受けたのはあくまでペーパー。これから魂を入れて実行していってほしい。
(経済部・小林大輔)
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