
支店統廃合で失われた機能の一部を補うため、導入された移動店舗車=日田市中津江村栃原
利便性維持したい
日田市中津江村で数少ない信号機がある栃原の交差点。すぐそばのバスセンターに、そのバンは止まっていた。通帳を持った組合員が次々とやってくる。毎週一回、県農協大分ひた地域本部から巡回してくるJAの移動店舗車だ。
地元支店が市中心部の日田支店に統合され、当面、通帳の切り替えに忙しい。接客していた渉外担当の阿部美穂子さんは「家族や近所のお年寄りに頼まれ、一人が何冊もまとめて持ってくる。相談業務も兼ねていて、移動店舗車で利便性を少しでも維持したい」と話した。支店統廃合と同時に現金自動預払機(ATM)も設置したが、対面の方が安心できるという。
同地域本部は十月下旬、九支店を三支店に統廃合。日田市の上津江町、中津江村を管轄する「津江支店」は金融部門のない「津江事業所」に衣替えした。JAバンクの指導で、金融事業を営む支店は四人以上の担当職員を置かなければならない。しかし、「エリアの事業規模を考えると、採算が合わない」(同地域本部)のが実情だ。
上・中津江地域は二〇〇五年、市町村合併し、役場は大幅に職員が減らされた振興局になった。〇七年には民間金融機関が閉鎖した。郵便局はあるが、「郵政も民営化した。もうけが出ない山間部からは、いずれ撤退するのでは…」との不安も広がっているという。
かつて川原、上野田の二農協(一九四七年設立)があった上津江村。以来、“地域の農協”は上津江村(六〇年)↓津江(八一年)↓大分ひた(九九年)↓県農協へと、四度の合併を繰り返した。
畜産(和牛繁殖)とホオズキ栽培の魚形晃一郎さん(78)=上津江町豆生野=は、「合併の度に『足腰の強い経営』『マスメリットを生かした手数料引き下げ』が叫ばれたが、実際には変わった実感がない」と残念そうに話す。
「昭和二十五年ごろの上津江村には約三千三百人いた。それが今は千五十人。(合併は)仕方のないことかもしれない…」と、魚形さんの思いは複雑だ。
気持ちを分かって
「JAに頼ってはいられない。自助努力で行動を起こさなければ」と、厳しい声もある。上津江町白草(はくそう)(十九世帯)の女性でつくる「しらくさ郷(ごう)の華(はな)」。地区のお年寄りたちがつくる野菜や加工品を毎月一回、大牟田市の商店街まで、会員が二時間近く自家用車を飛ばして販売している。
事務局担当の信岡ケサヤさん(57)は「少ない収入でも、“次も待ってるよ”という消費者の反応が伝わる喜びがあり、地域を元気にしている」という。ただ、「事業について、JAに相談することは思い浮かばなかった」。生産者とJAの“距離”が離れてはいないだろうか―。
宮崎敏光大分ひた地域本部長は「移動店舗車は保健師も同乗させるなどしてサービス向上に努めている。農業のプロとして、市社会福祉協議会や行政ともタイアップした地域振興策などを検討していく」と話す。
豆生野の魚形さんが、家系図を見せてくれた。「享保十(一七二五)年と記された魚形伝左衛門の墓があり、代々受け継いでいる。どんなに生産条件が不利でも、先祖伝来の農地を守っていかなければ。そんな農家の気持ちを分かってほしい」
(経済部・安東公綱)
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