
ナビスコ杯で初優勝し、詰め掛けたサポーターとともに喜ぶトリニータイレブン=1日、国立競技場
ゼロから出発 15年目、初タイトル
Jリーグのヤマザキナビスコ・カップ決勝は1日、東京・国立競技場であり、大分トリニータは清水エスパルスを2―0で破り初優勝、賞金1億円を獲得した。大分にとっては悲願のJ1初タイトル。MVPには、先制点を挙げたFW高松大樹(27)が選ばれた。
大分から1万人以上のサポーターが詰め掛け、スタジアムを青に染めた。試合は後半23分、右からのクロスに、高松が得意のヘディングで押し込んで先制。同44分にはFWウェズレイがダメ押しの2点目を決めた。今季リーグ1の堅守で、清水の反撃を完封した。
クラブ創設から15年目。ゼロからのスタートで、ついに「日本一」の夢を実現した。チーム、サポーターをはじめ、県内各地に喜びの輪が広がった。
地方の弱小クラブだった大分トリニータが一日、ヤマザキナビスコ・カップを制し、九州に初のJ1タイトルをもたらした。クラブ創設時のサポーターは数人。選手は硬い土のグラウンドでボールを追い、自家用車に相乗りして移動した。当時MFとしてプレーした原靖強化部長は「まるで実感がわかない」と話すと、目に涙をためた。
クラブは一九九四年に発足、県リーグからスタートした。当時の数少ないサポーターの一人で、現在は広報部長を務める古沢進二氏は「簡単には言葉にできない。いろいろな思いが込み上げてくる」。日本フットボールリーグ(JFL)時代には約6000人の相手サポーターに対し、たった一人で応援したこともある。この日は、大分から1万人以上のサポーターが駆け付けた。
母体となる企業がなく、財政難は常に付きまとった。二〇〇五年には債務超過に陥り、経営諮問委員会が設置されることに。昨季の営業収入は約23億円まで伸びたが、約80億円で1位の浦和に比べると3分の1以下。スポンサー数、約700のうち、約9割が地元の個人や企業だ。それぞれができる限り出資し”おらがクラブ”を支えている。
旧日本リーグを経験せず、県リーグから出発したクラブがJ1のタイトルを獲得したのは初めて。溝畑宏社長は「プロ野球とは違って、サッカーでは草サッカーからでもJリーグのトップになれる。みんなのおかげでここまでこれた」と感無量の様子だった。
新しい歴史築いた
大分トリニータ・シャムスカ監督の話
われわれの夢がかなった。新しい歴史を築いた。最後の笛を聞いたあとは、とても気持ちがよかった。きょうの試合だけでなく、この大会を通じて選手たちがいい結果を出し続けてくれた。
[PR]セントラル短資FX
※無断転載を禁じます。 当ホームページに掲載の記事、写真等の著作権は大分合同新聞社または、情報提供した各新聞社に帰属します。
![]()