
「針仕事ができる限り、記録に挑戦し続けます」と神屋クニヱさん
大分市国分の神屋クニヱさんは百歳になった今も、趣味のお手玉づくりを楽しんでいる。出来上がったお手玉は学校や介護施設、知人などに贈っていて、これまで四半世紀ほどの間に贈った数は約十万六千五百個にもなる。「プレゼントしたときに相手が見せてくれる笑顔ともっと出会いたい」と針を動かしている。
神屋さんは農家の七人きょ うだいの長女として生まれた。「子どものころ、家の手伝いの 合間にお手玉を作って妹や仲良しと遊 んだ」という。
結婚後は夫婦で農業一筋で働いた。お手玉作りを“再開”したのは三十年ほど前、長男夫婦に農業を任せたのがきっかけだった。
「仕事をやめて初めて自由な時間ができた。何をしようかと考えていたとき、昔作ったお手玉を思い出した」。作り始めたら、あっという間に五十個が完成。保育園に通っていた孫に渡すと、とても喜んだ。
「一人で幾つ作ることができるだろう」と、記録に挑戦してみ ることに。贈った数をメモ帳に記 入し始めたの は一九八二年。「お手玉を贈ると、みんな 喜んでくれる。それがうれ しくて今まで続いている」と話す。
多くの人に喜んでもらいたくて、市内のすべての幼稚園に贈った。阪神大震災の時には、神戸市の幼稚園にも送った。二〇〇〇年、日本のお手玉の会から「お手玉大使」に“任命”された。
いつしか、端切れや小豆、大豆といった材料が周囲から寄せられるようになった。「みんなのおかげ。ありがたい」と神屋さん。高齢になり、さすがに作るペースは落ちた。それでも一日に二十個を作る日もある。
「好きなことをするのが元気の源。針仕事ができる限り、記録に挑戦し続けます」と神屋さんはほほ笑んだ。
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