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好成績で鮮やかなデビューを飾った工藤郁也選手(大分高)=29日午後、大分市明野のOBSボウル
いつの間にか亡き父の後を追っていた。ボウリング少年男子の工藤郁也選手(15)=大分高1年。5歳のとき、父親の大津留秀一さんは32歳で他界した。1995年福島国体ではボウリングで団体7位に入った成年男子1部のメンバーだった。
父のプレーする姿は覚えていない。残っているビデオで見ることができるだけだ。亡くなった後、母明美さん(43)の旧姓に戻り、小学校低学年まではテニスをしていた。
秀一さんも明美さんもボウリングを特に勧めたわけではない。しかし、小学校4年の夏休み、ジュニアボウリング教室に参加しプロに教わってから楽しみを覚えた。
本格的に試合に出るようになった中学からは県内や九州大会などで次々と実績を残した。高校からは掛け持ちしていたテニスをやめ、ボウリングに専念。「レーンを読み、ストライクがとれたときのうれしさ」に取り付かれている。
大分の国体チームを指導していたプロに言われたことがある。「ボウラーとして持って生まれたものがある」。郁也という名前は、秀一さんが大好きだったプロ選手からとった。名前に込めた父の思いとDNAは、確実に息子に受け継がれた。
初めての国体で個人6位、団体4位と鮮やかなデビュー。大会前「父を超えたい」と口にしていた。目標達成は、天国へ贈る最高のプレゼントとなった。
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