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親子で地元国体出場を果たした平原滉太郎(左=大分商高)と平原英和監督(大分商高教)
少年男女とも力を尽くしたが、1勝をつかめなかった。
男子は、インターハイ団体ベスト8の大分商高で構成。相手の宮城は春の選抜優勝校・東北高のメンバー。2組目の恒松優也・浜本啓太(大分商高2年・同3年)ペアが勝ってタイに持ち込んだが、3組目で押し切られた。主将の小野晃平(同3年)は「応援が力になって、できる限りの力は出した。この日のために頑張ってきたが…」と肩を落とした。
女子は、強豪・就実高を中心とする岡山と対戦。3組とも最初のゲームを奪って波に乗りかけたが、及ばなかった。佐藤光晴監督(大分商高教)は「選手は力を出していい試合ができたとは思うが、残念な結果になった」と厳しい表情。全日本U―14で初出場の高野真里香(臼杵西中3年)は「少し緊張した。来年も国体に出場できるよう頑張ります」と悔しそうだった。
「父と一緒に戦えてよかった」
少年男子・平原滉太郎
ソフトテニス少年男子の平原英和監督(大分商高教)と選手の平原滉太郎(大分商高2年)は親子で地元国体に出場した。
高校でソフトテニスを指導する父の影響で、滉太郎は幼稚園のころからラケットを持ち、全日本小学生選手権に県選抜として3年連続で出場。小学5年のとき、大分で国体があることを知った。父は2001年の宮城国体に大分の少年男子監督として出場。「自分もお父さんと一緒に大分国体に出たい」。高校の進学先を決める際、迷わず父のいる大分商高を選んだ。
今年の1月から、今までやっていた後衛ではなく前衛になり、実力を発揮。インターハイは、団体戦ベスト8のメンバーとして活躍した。国体は初戦突破はならなかったが「お父さんと一緒に戦えてよかった」と目に涙を浮かべて話していた。
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