おおいた遺産

(89)沈堕の滝

[2010年08月23日 14:38]

雪舟の絵画によって広く知らされ、江戸期の「豊後国志」にも登場する沈堕の滝の雄滝。多くの詩歌にも詠まれている。

 豊後大野市の大野町と清川町の境、大野川の本流にかかるのが沈堕(ちんだ)の滝である。上流およそ400メートルの地点で本流に緒方川が合流し水量は多い。高さ約20メートル、幅約110メートル。阿蘇溶結凝灰岩の断崖(だんがい)から落ちる滝は、古くから西日本の雄瀑(ゆうばく)として知られ、多くの詩歌に詠まれた。
 江戸期の「豊後国志」は「大野、緒方の二川、諸渓水を導き、ここに至り相合して一になり懸崖(けんがい)より下る。激水急湍(きゅうたん)、十三条。遠くから見れば氷柱の列、近づけば白い竜が雨を駆るようで、百雷が怒叫、飛雪が虹を吐く」などと形容した。
 絵画では、雪舟(せっしゅう)の「鎮田滝図」がある。滝を広く紹介した最初の歴史上の作品。原画は惜しくも関東大震災で焼失したが、狩野派の絵師による模写が残されているのは幸い。
 「豊後国志」に「渕(ふち)の深さは測るべからず」とあるように、渦巻く滝つぼに落ち込んだら大変。このため、岡藩では刑罰を科すべきかどうかお白州(しらす)で判断できかねるような場合、被告人を「沈堕落とし」とし、無事に泳ぎ抜けたら神慮として無罪放免にしたとの話も伝わるが、助かったのは一人だけだったとか。
 その滝も、一時はほぼ水を失った時期がある。大正の終わりごろ、新・発電所への取水のため九電が滝の上にダムを造ったためだ。しかし、いろいろな配慮で滝水は復活し、下流に架かる地方道の橋のたもとに展望所も造られて、車を止める人は多い。滝に近く公園も造られた。
 その公園駐車場の下に石造の旧・沈堕発電所の遺構がある。大分―別府間を走る電車のため明治42年に鉄道会社が建設したもので、今は廃虚として九州の近代化遺産となっている。
 また、それに近い矢田川の合流点にも小さいながら滝がかかっており、これを雄(お)に対し雌(め)沈堕の滝と呼んでいる。

文  梅木秀徳
写真 竹内康訓

過去の特集 - おおいた遺産

8月23日

8月16日

8月02日

[PR]セントラル短資FX

※無断転載を禁じます。 当ホームページに掲載の記事、写真等の著作権は大分合同新聞社または、情報提供した各新聞社に帰属します。
Copyright (c) 2008 OITA GODO SHIMBUNSHA