おおいた遺産

藤河内渓谷・木浦鉱山一帯とすみつけ祭り

[2010年02月01日 15:25]

大根の切り口に墨を付け、参加者同士で塗り合う「すみつけ祭り」

昔の活気伝わる

 佐伯市宇目(旧宇目町)は「唄(うた)げんか」の子守歌にも歌われるように、高い山々に囲まれた別天地。傾山(標高1605メートル)から宮崎県との県境となる千メートルを優に超す山並みに抱かれ、川は五ケ瀬川水系の北川が流れ、同市の他の地域や境を接する豊後大野市とは水系を異にする。
 その支流、桑原川をさかのぼって奥へ奥へと入れば藤河内渓谷があり、中岳川をさかのぼれば山あいに木浦鉱山がある。
 藤河内の渓谷美は昔から知られていた。今は県指定の名勝。花こう岩類の浸食地形で、深い峡谷となり、中でも一枚岩が長い溝としてえぐられた「樋(とい)」と呼ばれるもの、あるいは大小の甌穴(おうけつ)が連続するもの、「ひょうたん淵(ふち)」のように大きな甌穴がつながったものなどが見もの。一枚岩の浅瀬「千枚平」では幼児でも水遊びができるだろう。遊歩道、バンガローが整備され、集落にある「湯ートピア」温泉も楽しめる。
 木浦鉱山は16世紀に開発されたとも伝える。岡藩が管理し、慶長年間に幕府へ鉛500斤(きん)を献上した記録もある。鉛のほか、スズや銅、銀も産出された。初めは民間に委託したが、元禄以降は藩が直轄。奉行を置き、その管理下に乙名、組頭、山目代などを配置して採掘に努めた。
 住民はほとんどが鉱山の仕事にかかわり、6歳以上の男性には1日5合、女性には4合の扶持米(ふちまい)が支給された。鉱脈は木浦地区の全域に及び、域内には町制が敷かれ、遊郭(ゆうかく)まであった。今も間府(まぶ)と呼ばれる坑道の跡などが残る。
 昭和32年に事実上、閉山されたが、伝統の行事に2月の祭礼「すみつけ祭り」がある。大根の切り口に鍋墨(なべずみ)を付け、参加者同士で塗り付け合う。地区の人だけではない。観光客も警備の警察官も容赦されず、参拝者全員の顔が真っ黒になる。
文  梅木秀徳
写真 竹内康訓

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