時事コラム「風」

手紙で知る戦争の“重さ”

[2009年09月08日 10:22]

 今年3月、レトロ地区で脚光を集める北九州市門司区西海岸に、不戦を誓う「門司港出征の碑」が建てられ、除幕式に参列した。関係者によると、ここから約200万人がアジア各地に出征し、うち半数が戦死して帰還することがかなわなかった。数知れない親子、夫婦の絆(きずな)を断ち切った慟哭(どうこく)の岸壁である。大分県からも約1万人がこの門司港岸壁から出征したという。
 現在はレトロ地区としてきれいに整備され、観光客や若者でにぎわうこの港の、わずか六十数年前の姿を伝えるのが唯一、この出征の碑というわけだ。
 無名の生活者たちを犠牲にし、わずか半世紀で風化しつつある太平洋戦争。だが、物言わぬ未帰還者の無念さ、肉親を奪われた家族の悲しみを風化させてはいけない。そういう思いでここ数年、生活欄の終戦企画を続けている。「わが家の戦争遺産」(2006、07、08年)に続いて、今年は「戦地から帰らぬ夫・父への手紙」を募集した。
 出征者の親はもうほとんどいない。妻は若い人で80歳前後、子供なら60代前半から70代か。突然、愛する人を連れ去られた家族の道のりが平たんであったはずがない。さぞ、戦争を憎んでいるだろう―。
 だが、寄せられた「手紙」の中にはことさら戦争を糾弾するような言葉や表現はなかった。わずかな時間しか一緒に過ごせなかった夫、見たことのない父への絞り出すような哀惜の情、追慕の念で埋まっており、かえって戦争が犯した罪の“重さ”を感じさせた。
 期間中、50通を超す応募があった。「新聞のおかげで勇気を出して、初めて知らない父に手紙を書くことができた」と、感謝してくれる人もいた。係としては予期せぬ応募数でボツにするに忍びなく、肉親への手紙も募集して随時で紹介することにした。
 ただ、私たちはややもすると同胞の被害だけを語りたがる。しかし、無謀な国の利害に基づいて蹂躙(じゅうりん)の土俵と化した他国の「家族」のことも決して忘れてはならないのだ、と肝に銘じておきたい。

(集局次長兼文化科学部長・清原保雄)

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