終戦直前の1945年7月、米軍機が保戸島国民学校(津久見市)を爆撃し、児童ら127人が死亡した。この悲劇を扱った2冊の本がこのほど出版された。
豊後大野市の児童文学者、小林しげるさん(69)が出したのは「ああ保戸島国民学校」。島に暮らす子どもたちが戦争に巻き込まれていく様子を、小学生にも読める物語にしている。
当時、保戸島国民学校の教員だった大分市の田辺国光さん(82)は「忘れ得ぬ保戸島の惨劇―一教師がつづる実体験」を著した。現場に居合わせた者でしか書けない本である。
小林さんは犠牲になった児童らとほぼ同世代。「子どもたちが戦争と平和について考えるきっかけになれば」と筆を執ったという。田辺さんも「あのような悲劇が二度と起きないことを祈っている」と話す。
戦後64年が経過して戦争体験者が高齢化し、国民の多くが戦争を知らない世代となった。2人に共通するのは、戦争が風化していくことへの危惧(きぐ)であり、戦争の悲惨さを文字でもって残し、伝えていかなければならない―との思いだ。
戦争を伝えるものは文字や映像だけではない。戦時中の軍事施設が“生き証人”として県内各地に残っている。宇佐市内には海軍宇佐航空隊が使っていた掩体壕(えんたいごう)(軍用機を爆撃から守る施設)が保存されている。日出町の人間魚雷「回天」の基地跡、佐伯市鶴見半島の砲台跡もよく知られている。
運動として反戦平和を訴え続けている人々もいる。市民グループ「赤とんぼの会」は毎年、終戦の日の新聞に意見広告を掲載。「憲法第9条を守ろう」と呼び掛けている。ことしで27回目になる。
かつて「祈るだけでは平和は実現しない」と言った政治家がいた。安全保障は軍事力を抜きに語れないとのリアルな考え方だろうが、軍事力の行使は必ず犠牲者を出し、憎悪を残す。やはり、戦争をしてはいけないと思う。戦争を語り継ぎ、平和を希求する行動は、必ずや多くの人々の心に届くと信じる。もうすぐ「8月15日」である。
(編集局次長兼地域報道部長・松尾和行)
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